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角居康宏のブログ、
gallery&factory原風舎へは
こちらからどうぞ。


2014年

1月

31日

引っ越し第2弾

いや、こんなに短い間に引っ越し2回とかたいへんっすよ。

まぢで。(う〜ん、日本語乱れてる。)

 

前回HP内に引っ越ししたんだけれど

多分あれでは誰の眼にも届かないですわな。

あそこホジくり返して見る人いないっすわ。なかなか。

あと、古い記事を呼び出すのも出来ないし・・(泣)

 

ってなわけでFC2の無料ブログサービスに引っ越す事にしました。

なんでかっつーと、

容量が大きい、公告が少ない、スパムに強い・・・

などなどっつーのはブログ開設しようとする人は

わりと知ってらっしゃるんじゃないかしら?

FC2は「ブログ 比較」とかで検索すると必ず上位にランクされますもんね。

 

実は決めてはそこじゃなかったのす。

FC2のブログのマーク見た事ありますか?

ユニコーンのマーク。

この下のブログ名に新しいブログのリンク貼りますので

左上見てくださいな。

“ネオ”gallery&factory原風舎ブログ!

 

 

兄が調教師をしている話は何度も書いてますが、

兄が厩舎の立ち上げの際、マークを僕が作ったのです。

 

角居の「スミ」の字は「ツノ」とも読めるのだから

ユニコーンのマークにしようと長兄と調教師の兄と僕の3人で

上野の焼き鳥屋で話し合ったりしたのでした。

 

・・で、作ったのがこのマーク。

マークも作ったしこの看板も作りました。もう10年以上前なのですねー。

 
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2014年

1月

15日

引っ越し(ブログのね。)

毎年、この寒い時期にずーっとPCいじくってるなあ。

 

今年はNTTからKDDIにもうじき変わる関係でプロバイダーも変わり、

よってブログサービスが受けられなくなり、メールアドレスも今までのが使えなくなり、

(携帯のアドレスは大丈夫です。)家デンの番号も変わってしまう為、

まだしばらくは事務仕事に追われそうです。げっそり。

あ、名刺も作んなきゃ。

 

このブログはHPの中に入れちゃいました。

ブログの引っ越しも楽じゃない!いちいちコピペで手だる〜くなっとります。

いやー、昨年もよー仕事しましたなー。

たくさん記事があって大変ですわ。

 

HPの左っかわ、一番下のBLOGをポチッとして頂くと入れます。

こちらからでもどうぞ。

http://www.yasuhiro-sumii.com/brog/

 

HPに入れちゃえば管理も楽かなーなんて思ったりしてたんだけどねー。

このHPのブログサービスはちょっと使い勝手が悪いところがあるので

落ち着いたらもう一つ引っ越し先探すかもです。

う〜ん、悩ましい!!

一元化が一番理想的なんだけどなあ。

うまい方法はないかなあ。

 

まあ、おいおいやってきますわ。

よろしくです。

 
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2013年

12月

06日

喪中につき、年末年始のご挨拶をご遠慮申し上げます。

ホントはこんなとこで書くべきものじゃないと思います。

申し訳ありません。

 

 

今年、7月26日に父が他界いたしました。

84歳でした。

長らく腎臓の病気を抱え、しばらく透析もいたしておりました。

食事療法のため食べたいものが食べられない状況が長く続きました。

指が曲がらなくなり、触覚も薄れていっていたと思います。

白内障、緑内障を患い、視覚もなくなっていきました。

それこそ一つずつもがれるようにして感覚を失っていきました。

それでも最後までよく戦っていたと思います。

 

父は兄弟が多かったため、病室にあふれんばかりに家族親戚が集まりました。

病院の先生からは

「角居さんしあわせやねぇ。みんなに見送ってもらえるんやねぇ」

って言って頂きました。

海外に居て駆けつける事の出来ない従兄弟以外は全員集まりました。

みんなが集まるまでよくぞ持ちこたえてくれたと思いました。

 

昭和一桁生まれなりの頑固さもありました。

美大に進路を決めたとき、衝突しました。

父の会社に出向いて説得しました。

父のフィールドだと激高しないと踏んでの行動だったかなぁ、あれは。

大学を休学してアフリカへいくと告げたときも衝突しました。

反論する程勇気もないので、

準備を着々と進めて既成事実を作って行きました。

反抗期でしたから。

ちゃんと僕のやりたい事の前に立ちはだかって壁を作ってくれた。

おかげで信念が揺るがずに済んだ。

父としての僕はここが非常に弱い。甘い。

 

酒の席での父はとても楽しい人だったようです。

葬儀の直会(なおらい)の席で父のアルバムを公開し、

父の宴会芸の数々の記録で

これが葬儀の席かと思う程の笑いの絶えない直会となった。

 

病室で戦う時間が長かったので、他界した瞬間

悲しさよりも感謝でした。

よくがんばってくれた。ようやく楽になれたね。

 

 

喪中につき新年のご挨拶を控えさせて頂きます。

 

父はいま高いところから見守ってくれているのだと思います。

皆様、今後ともよろしくお願いいたします。

 

 

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2013年

12月

02日

モスコミュールカップ

モスコミュールというカクテルをご存知でしか?

リンク貼っておいてありましが、ウィキってみるとウオッカにライムジュースを合わせジンジャーエールで割ったもの。

なんでも「モスクワのラバ」なんつー意味で、ラバに蹴られたように効いてくるってな意味とか。

 

カクテル自体あまり飲むことはないでしが、

今夏に木工作家の友人に連れて行ってもらったしまんりょ小路にあるバー、

Cosí Rosí otto3 コジロジオットサン

「モスコミュールカップ作ってよ」

なんて言われて改めて調べたりしてみたのでし。

 

モスコミュールそのものも自分から頼んだ覚えもあまりないでしが、

そのうえモスコミュールカップなんて言われても「?????」な感じ。

もともと銅製のマグで飲むものだとか。

例によって手探りでいろいろ調べ、カタチを検討し、

いろんな仕事が重なってのびのびになっておりましたが、

先日ようやく作成にいたりました。

 

どうやら気に入って頂けたようでめでたく納品の運びとなりまして、

早速自作のモスコミュールカップでプロのつくるモスコミュールを

いただいて参りました。

きりっと爽やか!おいし〜いカクテルでしたなぁ。

 

皆様もよろしかったら長野のしまんりょ小路、コジロジオットサンで

「モスコミュール、角居のカップで!」っていって

飲んでみてくださいな。

そうそう、ここは自家製の薫製肉が抜群でし。

ベーコン、ハム、生ハム、ジャーキーなど他ではなかなか食べられない味。

ご一緒にどうぞ。

 

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2013年

11月

04日

週刊長野

先日、11月2日に長野市内で配布される新聞、「週刊長野」の一面に

僕の記事を載せて頂いた。

なんだか新聞にあるまじき硬派なシブい写真。

いや、あるまじきというのは失礼ですね。

しかし一面でカラー写真なのに精度の高い白黒写真のような風合い。

この写真を見ただけでもこの記事にかけてくれた熱意を感じる事が出来ます。

 

記事を書いてくださった田中さん、それから写真を担当してくださった鹿住さんには

僕の仕事場に来て頂き、僕が感じている錫のうつわで飲む酒の魅力を聞いて頂きました。

というか、一緒に酒を呑んでいいひとときを過ごさせて頂きました。

なんだか取材というより、気のおけない仲間との楽しい酒の時間といった感じでした。

 

さんざん馬鹿話をしていたにもかかわらず

こんなふうに綺麗にまとめて頂き、長野の皆さんに見て頂ける事とっても嬉しく思います。

 

田中さん、鹿住さんホントにありがとうございました。

 

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2013年

11月

04日

感謝

おかげさまで東京京橋、ギャラリー川船での個展

「角居康宏展 ー神話の風景ー」が11月2日をもちまして終了いたしました。

 

足を運んでくださった皆様、情報を拡散してくださった皆様、

遠くて行かれないけれど気にしてくださった皆様、ありがとうございました。

 

おかげさまでたくさんの方に見て頂き、作品のいくつかも嫁入り先が決まり、

感謝の一言でございます。

 

僕の制作スタイルとして、やりたい事、手法やテーマが決まり、

それに即して制作をいたします。

形を作りだす過程の自問自答や、実際に展示して人と話している間に

そのテーマについての考察が深まり、次のステップに移れるという感じがしています。

今回のテーマ「神話の風景」については入口に立ったばかりで

掘り下げる事がまだまだありそうです。

これからも神話のイメージや古代のイメージを「新作」として

皆さんのお目にかけられるよう制作していこうと思います。

あなたの街にもお伺いするかもしれません。

今後ともよろしくお願いいたします。

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2013年

11月

04日

お詫び

すいません、、、、

 

今日は一気に3連投ですが、付き合ってやって下せえ。

 

まずは「お詫び」から。

 

前回「空に井戸を掘る 富山」で地図も載っけて

見学も可能のような書き方をしましたが、

 

施設の都合上、大勢の見学は難しいかもしれません。

制作に参加というカタチで一旦登録をすませて入場して頂く

ようになるようです。

 

そのような方式でもかまわない。見に来たい、参加したいという方は

下のコメント欄からでもいいですし、フェイスブック、ツイッター、メールなど

僕と直接コンタクトをとれる方はそちらからご連絡ください。

 

めんどくさいことを言ってすいませんがよろしくお願いいたします。

 
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2013年

10月

31日

空に井戸を掘る 富山

以前、僕が大学を卒業してから

陶芸家:鯉江良二氏の仕事場にお世話になった事は書きました。

青春3月27日

 

鯉江さんは僕にとっていわば父親のような存在。

前出のページ「青春」でも書いた通り

あの仕事場ですごした事で、僕は今の制作の方法論を築く事が出来た。

 

 

鯉江さんの仕事場を離れてから2回、大きな仕事を携わらせて頂いた。

それが高さ10メートルのアルミニウムの塔「空に井戸を掘る」だ。

1998年8月沖縄県恩納村恩納村沖縄県民の森という大きな公園の中に一本、

2002年6月北海道石狩管内厚田村望来(現、石狩市厚田区望来)に一本。

 

(写真はすべて北海道のもの)

 

 

そして、今回富山の山の上にもう一本、さらに大きい高さ12メートルの塔を立てる。

富山西インターに程近く、360度見晴らしの聞く丘の上、

ひょっとすると朝日を浴びて光る塔が

新たに繋がる北陸新幹線から見えるかもしれないという

そんな場所に塔を制作するというプロジェクトが11月の6日(水)〜9日(土)の予定で

決行される事となった。

アルミの量にして約2トン半、

ずっと一日中鋳造し続ける工程が2日間というハードなプロジェクトで

今から身震いがする思いだ。

 

鯉江さんはこの夏ちょっと体調を崩されたのだが、

その復帰第一弾として僕が関わってこんな大きな仕事が出来る。

親孝行できたようでこれまた嬉しい。

 

場所は下記。

富山の廃棄物処理業者、アイザックオールの所有する山の上。

受付を通さないと上がって行けません。制作の見学を希望される方はご一報ください。

 

 

沖縄の制作では、沖縄独自のアルミの電柱の切れ端を材料に、

北海道の制作では、近くにあった授産施設で集めたアルミ缶を材料に、

そして今回はアイザックオールが回収した資源由来のインゴットを使用する。

「鯉江さんにしか出来ない作品」を「僕しか出来ない方法」で、

「この場所に由来する材料」を用いて制作する。

作り手冥利に尽きるというものである。

 
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2013年

9月

27日

神戸 ギャラリー壺屋

もうお付き合いさせて頂いてからは何年も経つのです。

遠いところウチに二回も足を運んで頂きました。

 

僕のカタチに関する感覚と、技術との熟成を待って頂いたと言う感じがします。

今回、菓子器をギャラリーのHPにご紹介頂きました。(下記)

 

来年、こちらで個展をさせて頂く予定です。

これからさらに感覚・技術を煮詰め、さらにお茶などの知識も

深めていかないといけないように感じています。

 

自分が進化すれば進化しただけ

ゴールが離れていく気がします。

そもそもゴールなんてないのかもしれませんけど。

 

とにかくやり抜くという事でしか次のステージにあがれない事はわかっているので

あがいてあがいて、やり抜いて・・・しかないですね。

がんばります。

 

ギャラリー壺屋HPより

 

 また新しい仲間が増えた。長野の善光寺門前で錫の仕事を旨とする作り手である。金沢で生を受け、金沢美術工芸大学でデザインを学び、卒業後陶芸家の鯉江良二氏の門を叩き、その後独学で錫の作品を制作するに至ったという経歴の持ち主である。

 その風貌から受ける印象とは違い、人懐っこくものを作ることが大好きな人物とみた。制作現場は整然と綺麗に整理整頓されており、これも店主好みである。そして、その語り口は熱く、何に対しても真正面から取り組むその姿勢はもの作りとして人を引き付けるに十二分な魅力を感じる。

 彼が生み出す作品は、工芸デザインを学び鯉江氏の薫陶を受けた影響を感じる斬新なオブジェから、オリジナリティ豊かな現代的デザインの錫器、そして近年は善光寺宿坊から注文を受けたという伝統的な中にも個性を感じる茶托まで手掛けている。

 今回掲載の『泉』と名をつけた菓子器。オーストラリア先住民のアボリジナルアートにヒントを得て、その発想が生まれたと語る。渦を巻くデザインはまさに泉であり、その泉から沸き立つパワーを、日本の伝統的文化のひとつである和菓子をしつらえる菓子器に生かしている。彼の内面の自然観と考えが上手く融合し、茶の世界に新しい風を吹き込む作品と感じる。

 伝統をじっくりと育む地で育ち、パワーの塊のような人物に学び、そして今また善光寺という文化息づく地で制作をしている。自然をこころから愛し、今の原子力発電問題にも一家言有するという一面も持ち合わせる御仁。彼との歩みは、壺屋に更なるパワーと出会いを運んでくれそうな予感がする。

 今日も梵鐘と彼の打音が善光寺さんに共鳴している。

 

 

 

 

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2013年

9月

10日

山木館

民主党政権のとき、世間を騒がせた話題に

「八ッ場ダム(やんばダム)」がありましたよね。

前原大臣が連日ニュースに出て

継続だの中止だの言っておりました。

 

その八ッ場ダムのダム湖に沈む地域、

川原湯温泉にある旅館「山木館」が高台に移転するという事で、

その設計を、日頃から仲よくして頂いている建築家、広瀬毅建築設計室の広瀬毅氏が、

そしてもろもろのデザインワークを

これまたよく遊んで頂いているmanz designの太田伸幸氏が取り仕切っており、

これまた僕も部屋の案内サイン等で参加させて頂きました。

 

もうじきオープンの運びとなる訳ですが、

納めさせて頂いたものの確認(ちょっぴり補修)を兼ねて、訪ねさせて頂きました。

 

廊下であれ、部屋であれ、風呂であれ、どこにいても緑が目に入る植栽の多い豊かな庭、

自分の現在位置がふっとわからなくなってしまうようなわくわく感のある回廊、

落ち着いた古民家のような部屋のしつらえ、

 

出しゃばりすぎない、

しかし落ち着きの中にも必要な情報を的確に与えてくれるサイン計画

細部にまでこだわりを持ってデザインされた小物類、

 

いつもはバカな話で盛り上がる仲間という認識ながら、

こうやって本気の仕事を見せて頂くと、その能力の高さに敬服せざるを得ないのでした。

本当にこういう空間で一緒に参加させて頂いた事を誇りに思えるし、

仲間としてお付き合いして頂ける事をありがたいと思います。

これからもよろしく〜!

 

 

今回、文字も書かせて頂きました。(僕の字で大丈夫?)

 

 

こういう部屋の入口に取り付けてあります。

 

 

ゆったり落ち着いて頂ける書庫、「侘助」のスタンドフレームも制作させて頂きました。

(この札と字は僕のモノではありません。枠だけです。)

 

 

この入口を通り、敷地に入ると

 

 

入口の大暖簾が見えて参ります。

 

興味のある方、ぜひ。

オープンしてしばらくは予約が一杯だそうですよ。

HPはこちら→<a href="http://www.yamakikan.gr.jp/">山木館</a>

HPまだ完成してませんね。太田さんがんばれ〜!

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